悪い占いは当たるけど、いい占いは当たらなかったような気がする

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ぼやきです。

私は理性ではしっかりとこの世に占いなどあるものか、あれはバーナム効果(誰にでも当てはまる曖昧な事柄をさも自分のことだと受け入れて信じてしまう現象)にすぎないと思っていながら、どこか感情の世界では超常的な事柄を受け入れている節があり、この悠久の世において、生命が一世代で途絶えることがかえって不思議で、いわば輪廻転生のようなことはあるのではと信じているようです。

思えば小さい頃から、迷信めいたことに恐れをなし、きっとそれは世の中の大人がいうことを聞かない子どもたちをマネジメントするためのツールとして編み出した方便にすぎないと、後から思えば気づくようになったことでさえ、どこか霊的・神秘的な力の存在を無視しきることができず、その呪縛に私の魂は支配されているようです。

そういうハード面のバックグランドがある中で、ふと自分の人生を考えてみると、確かに占いとか宗教とかそういうものは軽んじてきたものの、(宗教も人に誘われてやった時期がありましたが勧誘ノルマが嫌になり辞めました、というか逃げました。私の信心は私の怠惰な感情に追いやられてどこかにいくほどのものなのでしょう。) どこか、期待したり、はたまた恐れたりする自分がいました。 例えば朝のニュース番組の占いでさえ、もし悪い占いが出たら一日気分が悪いからとリモコンをとってチャンネルを変える始末で、そういう些細なリスクでさえも、こと占いに関してはまるで百鬼夜行を目の当たりにするかのごとく恐怖するのでした。でした、とは、まだ死んでいないのに変な表現ですね、「です」です。

ただ、思うに、何はどうあれ、悪い占いはよく当たってしまうと自分では感じています。よい年だよという占いはどれだけ定評のある占い師、例えば一世を風靡した細木和子氏の占いも、言わば最悪の時期にあたる年は確かに悪かった、でも運気が開くと言われた年も悪かった、

多分もともとの性根がネガティブなのでリンクしやすいのでしょう。いや、マゾではないです。私ほど快楽を求めている人間もいないでしょう。

なのに、いや、やめておきましょう。こういうことを書くこと自体が何か、アレな気がしてきました。

 

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